技を支える vol.351 自然の材料の形を活かす手づくりならではの技 江戸すだれ職人 田中(たなか)耕太朗(こうたろう)さん(62歳) 「手間のかかるものだけでなく、簡単につくれるようなものであっても『ちゃんとしたものを、ちゃんとつくる』ことを大事にしています」 江戸時代に育まれた技法を現代に受け継ぐ  古くから日よけや間仕切りなどに用いられてきた、すだれ。その機能性やデザイン性から、現在もインテリアから調理道具まで幅広く利用されている。安価な大量生産品や輸入品が主流となるなか、江戸時代から継承されてきた技術をもとに、手づくりですだれを製造しているのが、明治初期創業の老舗、田中(たなか)製簾所(せいれんじょ)(東京都台東区)だ。  「江戸すだれは、竹を中心に葦(よし)、萩、御形(ごぎょう)など自然の材料を使って伝統的技法でつくるのが基本です」  そう話すのは、5代目の田中耕太朗さん。東京都伝統工芸士、東京都優秀技能者に認定され、40年以上の経験を有している。 使いやすさが評価され食品メーカーも愛用  すだれづくりは、材料の準備から始まる。おもな材料である竹の場合、仕入れた竹を必要な長さに切り、汚れを洗い落とす。次に竹を割って削り、乾燥させる。  「こうした準備を行うことは、材料である竹の硬さなどの状態を見きわめることに役立ちます」  材料が乾いたら、「編み」の作業を行う。1本1本の竹ひごには、割る前に印がつけられており、元の竹と同じ順に並べて編んでいく。  「竹は繊維に沿って割れるため、微妙に曲がっています。元通りの順に並べて編むことで、平らで表面がそろったすだれになります」  「桁(けた)」と呼ばれる台に、必要な長さの糸をくくりつけた「投げ玉」を複数かける。その上に竹ひごを1本ずつ置き、打ち玉を前後に交差させながら編んでいく。編み終えたら両端を切りそろえ、上下に桟(さん)をつけるなどして完成する。  「手づくりのほうが、細かいところまで目が届くので、曲がっていたり一様でない材料にも対処できます。ただ、仕上がりにばらつきが出やすいため、集中を切らさず、ていねいな作業が求められます」  手づくりは機械での生産と比べて時間もコストもかかるが、「手づくりのほうが使いやすい」と、田中さんのつくる伊達巻き用のすだれを毎年200枚注文する食品メーカーがあるなど、愛用者は多い。  「大切なのは、伝統を守りつつ、お客さまの要求に応えることです。そのため、つくり方は時代にあわせて少しずつ変化しています。ときには、お客さまの注文や用途に応じて、金属や化繊などの材料を使ってすだれをつくることもあります」  例えば、綿の糸よりも化繊の糸のほうが丈夫だが、摩擦や屈折に弱く、伸縮性も劣る。そうした性質を理解したうえで、用途にあわせて最適な材料を提案している。 客観的な視点を持つことで工夫や改善ができるように  幼いころから家業を手伝いながら育ったが、跡を継ぐ意思はなく、大学では数学を専攻し、卒業後は大学の助手として4年ほど勤めた。その間に家業を客観的にみることができ、すべてを自分でになえるこの仕事の魅力を再認識した。  大学でつちかった客観的にみる姿勢は、仕事でも役立っている。  「一つひとつの作業に対して『なぜこれをやる必要があるのか』を考えて、あえて違うやり方を試してみたりしながら、そのやり方が理にかなっていることを身をもって証明する習慣がつきました。もし大学に行かないままやっていたら、それまでのやり方を受け入れて、工夫も改善もしないままだったかもしれません」  大切にしているのは「相手の立場に立って考えること」だという。  「使ってくださるお客さまの立場に立ってつくらないといけませんし、材料の仕入れ先の立場に立たないと、こちらの要望を押しつけるだけでは、よいものはできません」  そうしたものづくりの姿勢や考え方を伝える塾を開く構想を持つ。  「父や祖父から教わったことは、技術そのものよりも、その根底にある姿勢や考え方だった気がします。生活の環境が変わればものづくりは変わるかもしれませんが、その姿勢や考え方は変わりません。日本の伝統工芸の根底に流れる文化を伝えることを、ライフワークにしていきたいと考えています」 株式会社田中製簾所 TEL:03(3873)4653 http://www.handicrafts.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 「桁」と呼ばれる台に、必要な長さの糸を巻きつけた「投げ玉」をセットし、竹ひごを1本ずつ載せて、投げ玉を前後に交差させながら編んでいく すだれづくりは材料の下ごしらえから始まる。竹は洗って乾かした後、割って竹ひごにする。小刀で割りながら、材料の良し悪しを感じ取る のり巻きすだれは、桁と投げ玉を使って編んだ後に、その外側を同程度の力加減で手で編んで補強する。2本の糸をまとめて編むよりも、こうしたほうが使いやすくなる 文字や絵を表現した「型抜きすだれ」。普通に編み、型抜きする部分に印をつけてから、ほどいて不要な部分を切り取り、編み直す 竹ひごを1本ずつ削って形を整える。のり巻きすだれの場合は、巻きやすいように竹ひごの側面の形をかまぼこ型に仕上げる すだれの用途や糸の種類などによって、大きさや重さの異なる投げ玉を使い分ける。例えば、きつく編む際には重い投げ玉が用いられる。なかには100年以上前から使われてきた年代物もある 竹ひごで編んだすだれは、コースターやランチョンマットなどのテーブルウェアにもマッチする